イヤイヤ期?発達障害?2歳児はかわいそうVS摂食障害克服中の母

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言うことを聞かない子供に悩む母親

うちの子は癇癪の強い子なのか、発達障害なのか、極端に育てにくい子なのか…?

なんなのかよくわからなくて困惑気味な、摂食障害持ち過食嘔吐克服途中のこうへいたの母(@kouheitanohaha)でございます。

2歳児っていちばん厄介って言われてますよね。

でも私はママ友とかもいないからまわりに比べる子供もいないし、子育ても初めてだからイヤイヤ期ってこんなもんか、くらいに思っていました。

これまでの母と息子の歩み
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本格的イヤイヤ期到来!?そんなに甘くなかった…

泣く子供

イヤイヤ期とは一歳半から三歳にかけての「魔の2歳児」とも呼ばれている第一次反抗期で、子供の心の成長に大切な時期でもあります。

だから一歳半くらいから酷くなった癇癪がイヤイヤ期なんだと思ってた。

かなり大変だったけれど、それならこの子はもう産まれたばかりのころからかなりの癇癪持ちだったから、ある程度慣れた私は正直こんなもんかと思っていた。

しかししかし。

違っていたみたい。

 

言葉が出るのが遅かった息子。

言葉を話せるようになれば楽になると思っていたら、話せるようになってきてあからさまに「イヤイヤイヤイヤ」言うようになったのでありましたw

帰るよと言えば「イヤよ!イヤなのよ!!」

ダメと言えば「イヤなの!ありえないのよ!!」

おもちゃは買わないお菓子は買わないと言えば「イヤイヤイヤイヤ!!!!」寝転がって仰け反って泣き叫んで。

もう恥ずかしいったら(ついでに私に似て声がデカくて高い!)

 

でも家の中なら、時間に余裕があれば、まるでコントみたいなそのやり取りに笑っちゃいけないと思いつつも我慢できなくなって噴いちゃうことはある。

だって可愛いんだもん、顔が。

けれども外でやられると、もう帰れないし人の目が気になるし抱っこしても落ちそうだし、コンビニのオバサンに同情されるし、療育の先生にもかなり同情されてるし…

こりゃ大変だわ。

おしゃべりがままならない2歳児

拾ったどんぐりと子供の手

ずっと一緒にいるのに、本当に申し訳ないと思う。

療育センターの帰りのバスのなかで癇癪を起こした息子。

ずっと同じことを言ってるけどなにを言ってるのかわからず、目的地に着くまで押さえつけるしかなかった。

降りるときに後ろの老人から

「どんぐり落ちてますよ」

と言われた。

バスに乗る前に私が渡したどんぐりのことを言っていたんだとそのときやっと気づいて、息子に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 

ホント情けないと思う、一日中一緒にいるのに。

言ってることがいまだ、半分くらいしか理解してあげられない。

一生懸命伝えようとしているのはすごくわかる。

伝わらなくてそれでイヤイヤしちゃってるんだなっていうのも。

イヤイヤ期って母親が大変というイメージだけど、子供のほうがもっと辛いんだと思う。

療育に行くと消えたくなる母

白い花を持つウサギの人形

うちの子の問題点は癇癪ではないと思うのです。

誰でもイヤなことを無理矢理やらされたり、今やっていることを無理矢理押さえ込まれたら反抗するのは当たり前。

集団行動って、そんなに無理になんでもかんでもみんな同じ行動を取らないといけないの?

と疑問に思ってしまうのは、私がまともな人間じゃないからなのでしょうか?

もう最近いろんなことがわからなくなって困惑しています。

 

いろんなことに興味がありすぎる息子。

そしてやりだすとびっくりするくらいの集中力なので、この子はもしや天才なんじゃなかろうか?と親バカな母は思ってしまうのですが、こういうのもたぶん発達障害と言われてしまう要素のひとつなのでしょう。

なんで?

みんなと同じ行動を、まだ生まれて1000日も経っていない2歳の子が出来るほうがおかしいんじゃないの?

と私は思ってしまうのですが、療育センターに来るような子でもほとんどの子が皆ちゃんと出来ている。

というか、皆同じことを出来ているというよりも、たぶん親の言うことを聞けるというか、親がいればそこにべったりくっついていることが出来ている、ということなんだと思うけれど、うちの子は興味のあることがあると私が呼んでも目で訴えても一緒にいてくれないのです。

みんなが親子で楽しそうにお遊戯しているのに、走り回る息子を横目に寂しそうにひとりぽつんと待っている母。

ずっと遊んでいたい、ずっと走り回っていたい、お母さんは僕を見ていて!

そんな感じでしょうか。

 

だけどそれじゃあまずいから、みんなが何かやってるときは一緒にできるようにしましょうということで、療育では途中から行動を止められるわけだけど、本当に嫌がる。

そして力がとんでもなくあるらしくて、暴れかたも半端ない(私は毎回上半身筋肉痛になる)

顔を真っ赤にして泣きじゃくって仰け反って暴れる息子を見ていると、もうかわいそうでかわいそうで。

 

そして、療育センターだというのにそんな子供たちの中でもいちばん目立っているので、人とコミュニケーションを取ることが苦手で出来ればあまり他人と直接関わりたくないと普段は避け気味の母は、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないとも思ってしまうのです。

息子のためだから頑張らなくちゃという気持ちで通っているけれど

本当は心から逃げたい!

 

目立つことは極力避けたいのにどこに行っても目立ってる。

私たちのことを知らない人ばかりの場所なら別にいいやと思えても、近所の人、もしくはこれから小中高と関わっていく可能性のある親子のいる場面でここまで目立つのは本当に恥ずかしい。

かわいそうと言いつつも結局私は自分のことばかり考えてる。

とか

癇癪が強いだけなのか発達障害なのか、ただのイヤイヤ期なのか判断つきかねるけれど、実はもうまわりの人たちは何なのか気づいていてそんな表情で私と息子を見ているのか?

とか

そんな風に深読みしすぎて人の表情に敏感になりすぎているのもあって、毎回毎回消えたいと思いながら帰路につくのです。

摂食障害、過食嘔吐には逃げない!と誓った理由

眠る息子

そんな心境になれば、今までの私なら手っ取り早く過食嘔吐に逃げてしまっていたかもしれません。

過食嘔吐は私にとって、ストレスと不安解消の手段にもなっていて、本当はまだ手放すべきじゃないのかもしれない。

他にストレス解消の手段を持たない、というか諸事情により持てない(金銭的とか授乳とか)ので、心の隙間を埋めてくれる唯一のものが過食と嘔吐になってしまっている。

けれどもそれを克服したい。

心なんてスカスカだろうと穴だらけだろうと、今この問題でいちばん辛いのは母である私じゃなく息子なんだ。

そう思う。

だから私だけ逃げちゃいけないのです。

 

摂食障害になって得られたもの、そんなタイトルでブログを書いている人を見かけますが、私はまだそんな心境にはなれません。

こんなもの知らなくても、人生の中で得られるものなんて他にたくさんあるはず。

知ってしまったからこそ失ってしまったものが多すぎて、知らなくていいのなら知らずに生きていたかった。

そんな気持ちのほうが大きい。

 

だからこそ今すぐにやめたい。

次に大切なものを失うとしたら、私にはもうこの子しかない。

そのくらい大切だから、もうこれ以上大切なものを失いたくない。

摂食障害で失ったものの替わりに得られたものがあるとしたら、それは息子だと思う。

だからこそ余計に。

とりあえず。私と2歳児息子の目指すところ

秋の風景と親子

「幼稚園行きたい?」

その問いかけに「ハーイ」と答える息子。

集団行動は苦手でも、みんなと一緒に遊びたいという気持ちがあるのはずっと一緒にいてわかる。

走ることが好き、ダンスや歌が好き。

そんな息子をみんなと同じように普通の幼稚園に通わせてあげたい。

それが今の目標。

 

やりたいことはなんでもやらせてあげたい。

自分はダメな子なんだと、子供時代の私のような気持ちにはさせたくないから、なんとか普通の子供たちくらいのレベルで集団に溶け込めるようにしてあげたい。

やれることの選択肢は、普通の子と同じ位置にいないとやっぱり減ると思うから、目標はまずはそこ。

そこにいれば、そこからは息子のやりたいようにしたらいい。

それを見守るのが私の夢。

 

だから、過食嘔吐もやめる。

自ら命を縮めるような行為は手放さなければ。

そう思う。

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