拒食から過食へ。あのとき食べずにいられたなら

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(それ以前の話はこちら→拒食症になったきっかけと、部分痩せの方法

 

高校生のころ、ダイエットがきっかけで拒食症になった私。

どんどん痩せていく娘を親は心配し、生理が止まったのをきっかけに病院に連れて行かれました。

しかしそこで酷い目にあった私は、医師の質問にもきちんと答えず、そこで出された薬にも一切手をつけませんでした。

そのときのエピソードはこちら。

拒食症で親に医者に連れて行かれたときに受けた屈辱

そしてその後食欲が抑えられなくなり、こっそり食べてしまうことが多くなってゆきます。

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食べたい欲求はあるけれど、まだ抑制出来ていた時期

食事イメージ

「食べたいけれど太りたくない!」

そんな気持ちが大きくて、自分の意思で食べることを我慢することはできたのです。

そのかわりに、料理にはまるようになりました。

もともと小学生のころから料理やお菓子作りが趣味で、休日になると見よう見まねでいろいろ作っていたので、それに関して家族は何も言いませんでした。

どんどんエスカレートして本格的なものを作ろうと追求し始めた私に、いつか料理関係の仕事に就けばいいと期待しだして応援してくれたほど。

それに、自分の作ったものなら多少は口にするので、食べて欲しいと願っていた両親からしたら、望ましい行為でもありました。

けれども無理に抑えつけていた食欲は、次第に我慢できなくなります。

私は料理を作るふりをして、誰もいなくなった隙に作っているものを手づかみで口にするようになりました。

そしてそのうち、それが目的で料理やお菓子を作るようにすらなりました。

長期休暇なんて、ほぼ毎日何かを作っているような状態だったり。

そうでもしてときどき食欲を爆発させないと、普段の「拒食でいられる完璧な自分」を維持していられなくなったのです。

 

苦しかった。

本当はもう、痩せることよりも普通に食事をしたいという欲求のほうが強かった。

けれども
「痩せていれば家族の中心でいられる」
その気持ちが大きかったので、それを手放すのが怖くて食べられませんでした。

そのくらい私には、親にかまってもらえる状況が大切でした。

「食べろ」という言葉をずっと拒み続けていたのに…

本当はもう、家族の前で食べたかった。

隠れて食べている自分がすごくイヤだった。

拒食が始まってから一年、最初はおどおどしていた母も痩せすぎた私を見て
「食べろ食べろ!
とキツく言うようになっていました。

母と娘の戦いでした。

本当はもう折れたかった。

でも食べたら驚くほど太るのでは?という恐怖のほうが強かった。

そして、母に対して意地になってもいました。

意地でも食べない!

もっと心配されたい!

そんな気持ちでした。

けれどもその反面、母がもう可愛そうだという気持ちもありました。

 

そしてついに冬のある日、熱々のシチューをひとくち。

「無理してぜんぶ食べなくてもいいんだよ!」

母の言葉に、逆に意地になり完食。

それからは意地でした。

太るのが怖いのに、母の前でわざとたくさん食べる。

ほっとしている母が今度は憎らしくて、意地になって食べました。

ずっと押さえ込んでいた食欲は止まりませんでした。

そして次第に太りはじめたのです。

あのとき食べなければ

後悔

食べたことを後悔しました。

けれども後の祭りでした。

あのとき食べずにいられたら…

「もしかしたら命を落としていたかもしれないし」

なんて、私には考えられません。

だって、そのあと続いた過食欲求と過食嘔吐の日々は、何度も死にたいと思って実行にうつしてしまったほど、私にとっては辛いものだったから。

私は、あのとき食べてしまったことを今でも後悔しているのです。

 

今みたいに摂食障害に関しての情報はほとんどない時代でした。

あのときなんの知識もなく食べてしまって、過食、過食嘔吐まで症状が悪化してしまう前に、正しい知識が得られていたら。

今みたいにいろいろな情報を知れていれば、食欲が爆発して過食嘔吐になってしまう前に、どうにか治っていたかもしれない。

終わってしまったことなので仕方ないけど、あのとき食べなければ、もう少しまともな人生を送れていたのかも知れないのにと、今でも後悔しているのです。

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