摂食障害のせいで家族が崩壊しかけた話

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家族と家

摂食障害を治すためにはよく、家族の協力が必要と言われます。

けれども家族が協力してくれる前に、たいてい一緒に住んでいる家族を巻き込みます。

私の場合も発症したのが思春期ということもあり、家族全員を巻き込み、一時期家族がばらばらになりそうにもなりました。

けれども私が摂食障害になったことにより、家族の問題や考えていることが浮き彫りにもなったのです。

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うちの両親とその背景

ダイニングテーブル

きちんとした家庭でした。

部屋は常に綺麗に片付いているし、洋服は綺麗にアイロンがかかっていて、それを毎日してくれる母親を尊敬していました。

母の作る料理は美味しくて、それを父が褒めるのを聞くのが私は好きでした。

父親の稼ぎは悪くなく、仕事が忙しかったのにもかかわらず、子供が体調を壊すと飛んで帰ってきて病院に連れて行ってくれる。

そんな父は、私にとってスーパーマンのような存在でした。

けれどもそんな家庭でも、嫁姑問題やら父の女性関係やらが露呈してきたりして、そんなとき母の気分に振り回されるのは常に長女である私でした。

二人の妹の姉として

公園で遊ぶ姉妹

私には妹がふたりいます。

次女は二つ年下。

末っ子は私と五つ歳が離れています。

 

私が拒食症になったとき、真ん中の妹はちょうど思春期で、おなじく太ることを気にする年頃でした。

摂食障害の人の特徴に、他人の食べているものが気になるというのがあります。

そして他人が食べていないのが気に入らなかったり、たくさん食べるように仕向けるという行動を起こす人もいるようです。

私も拒食症の真っ最中にはそんな状態になり、その矛先が向いたのが次女でした。

 

妹の食行動が気になる。

ちょっとでも食べていないと気に入らないのです。

そして妹が太ることを望みました。

こっそり妹の食べるものに油を塗ったり、油を追加したりしました。

今考えると最低な姉だと思います。

それに気づいた妹は怒りました。

すごく傷ついていたと思います。

それなのに妹は、その後私がどうなろうと見捨てたり軽蔑したりはしませんでした。

ずっと影から心配してくれて応援してくれていたのも彼女です。

今となっては本当に悪いことをいっぱいしたなと反省しています。

だから今、もし何かあったら助けてあげたいし、とても大切な存在です。

 

末っ子とは、私が拒食症になったとき以来ほとんど喋らなくなりました。

「お姉ちゃんなんて嫌い!」
とはっきり言われたこともあります。

一時期は家族の縁を切られたことすらあります。

けれどもそれには彼女なりの理由があったのです。

それに関してはまたそのうち書きたいと思いますが、ここ数年前まで、私と下の妹は会ってもほとんど喋らない状態が続いていました。

ここ数年でやっと私のことを許してくれ、お互い歩み寄れるようになってきたのです。

けれどもそのあいだ、私はずっと下の妹のことを心配していたし実は大好きでもありました。

やっぱりどんなに嫌われていても、妹って可愛いんですよね。

でもちょっと気が強かったので、近寄るのは怖かったです。

情けない姉ですw

だからこそナメられてたんですけど…

そんな姉ですから、今もまだ妹のことはちょっと怖いですけど、普通に話が出来るようになってきたことがとても嬉しいのです。

拒食症になって料理にハマった理由

サラダを作る

拒食症になったとき私がいちばんこだわったものは、なぜか、昔の楽しかった食事風景でした。

「家族が笑顔で食卓を囲む」

それが次第にできなくなりつつあったんだと思います。

食べなくなったことにより、痩せたことにより、家族の目が私に向かうことを知った私は、家族揃って食べることを強要しました。

思春期の妹たちにとっては苦痛だったことでしょう。

一種異様な雰囲気だったとも思います。

自分で作ったものは私も少しは食べるので、両親は喜んで食卓についてくれます。

私が食べれば家族は無理にでも笑ってくれます。

それが嬉しかった。

なんとなく奇妙な状況なのはわかっていたけれど、そのときはそれでもよかった。

自分のなかで、家族ごっこをしていたのです。

家族を元に戻そうとしていたわけではありません。

自分のなかの「もう一人の子供」を満足させてあげていたのです。

私のなかの「もう一人の子供」という存在

ぼやけたネオン

もう一人の子供なんていうと、頭のおかしなヤツだと思われるかも知れません。

しかし、ずいぶん長いこと私は、その存在に手こずってきたのです。

本当はそれも私自身であり、他人がいるわけでもないのに、自分が楽になる手段が「もう一人の子供」という存在を作り上げることだったのだと思います。

幼いころに消化できなかった感情は、大人になってから私を幾度となく苦しめました。

もう一人の子供という存在があることにより、これは自分の感情じゃないということにして、自分を許してきたのです。

壊れかけた家族はどうなるの?

ベッドの上で悩む女性

こんな感じで私は
「家族をばらばらにしたのは私だ」
とずっと悩んできました。

けれども年月を経て、そのあいだにいろいろな事件があり、次第にまたまとまりをみせるようになってきたのです。

一緒に住んでいた祖母の具合が悪くなり倒れたとき、嫁姑の仲が悪かったにもかかわらず献身的に面倒をみたのは母でした。

そして妹たちは母親の顔色を伺って祖母に近寄らないようにしていたのに、そのときは唯一祖母にかかわることの多かった私なんかよりも、祖母を看病していました。

その後祖母が亡くなり、今まで崩壊していた家族の絆が急激に近くなったのです。

 

家族ってそんなものだと思います。

いちど離れてしまっても、なにかあるごとにまた、少しずつ許したりして元に戻ってゆくものではないでしょうか。

今はまだ私の家族も、ちょっとギクシャクしている部分もあります。

けれどもいつか、最期のときには、誰も怒っていない状況で終われるんだと思います。

だから壊れかけてもきっと大丈夫。

散々迷惑をかけたのは私だけど、今はそんな気がしています。

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