摂食障害とアダルトチルドレン。子供は欲しくない!と思っていた過去

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泣く子供

摂食障害になりやすい家庭環境

そんなものがあるかは知らないけれど、私がなったのは性格的なものも多少あるのだろうなとは思っていた。

幼少のころからずっと生きづらさを感じていた。

育てられ方も「よその子」となんだか違うような気がしていた。

アダルトチルドレン(AC)というのを本で読んで知ったとき、「あ、私はこれで悩んでいたんだ」と思った。

アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。

機能不全家族(きのうふぜんかぞく、Dysfunctional Family)とは、家庭内に対立不法行為身体的虐待性的虐待心理的虐待ネグレクト等が恒常的に存在する家庭を指す。

引用:ウィキペディア フリー百科事典 https://ja.wikipedia.org/

機能不全家族といってもうちは身体的虐待はほとんどなく(でも叱られると姉妹のうち姉の私だけ殴られたり叩かれたり閉じ込められたりはあった)

・優しかったのにいきなり突き放される

・友達とおなじものを持たせてもらえない(それも私だけ)

・悩みがあって相談しても、冷たくけなされて聞き入れてもらえない

・恥ずかしいという感情を理解してもらえず、女の子なのに男性の前で恥をかかされる

・付き合う友達を限定され、みんなが遊んでいてもひとり帰らされたりして、友達がいなくなる

・着る服、髪型の制限(これも私だけ)

そういうことが多々あった。

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摂食障害になった私の家族背景

手のひらの家

小学生のころ、私は大きな病院で何度も検査した。

「胸が痛い」

ある日突然言い出した私。

両親は必死になって原因を突き止めようとした。

でも本当は「胸が痛い」ような気がしただけで、痛くなんてなかったと思う。

おさなごころに何かを守ろうとしていたんだと思う。

両親の目を私に向けたかったんだと思う。

(大きな病気はなかったけれど、そのときは心肥大が見つかりました)

 

摂食障害になったとき、両親が心配してくれた。

私の言いなりになった。

我慢していたことを全部聞いてもらえた。

それが嬉しくて私は、もっと痩せて完璧な自分になろうと努力した。

でも、もともと人よりいろんなことがちゃんとできなかった私。

そんな本当の自分とかけ離れたことなんて、ずっと続けられるわけがなかった。

そして私は逃げた。

でもひとりで頑張ったり普通の人生を歩むことなんてできなくて、いろんなものに依存した。

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依存症専門の病院に入院したときのこと

 

親とぶつかって母親を目の前に狂気的な騒ぎを起こした。

お互いに刺して死のうともした。

そしてそのとき母親から告白されたある過去の話で、私が何から家族の目をそらせたかったのかがわかった気がした。

それは母が墓場までひとりで持っていこうとしていたような話なのでここでは話さないけれど、たぶん他の家庭ではありえないであろう衝撃的すぎることで、そしてとても悲しい話だった。

おさなごころに何かを感じていた私は、たぶん必死でその事実を隠したかったんだと思う。

母の苦しみを感じとっていたのだと思う。

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自分が嫌い

穴をのぞく

自分なんて大嫌いだった。

顔なんて母親にもけなされるし、友達だってすぐにいなくなる。

大人になって男性に依存気味になることが多かったけれど、遊ばれていることも多かった。

外見のことを指摘されることなんてしょっちゅう。

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彼女になれても他の女の子が現れて捨てられる。

新しい彼女が私なんかよりもずっと大切にされているという噂を聞いたりして、ますます自分に自信がなくなる。

そして彼氏によるDVを経験して、そのとき一緒に働いていた仕事の同僚に飲み会に誘われたとき、彼氏の前で本気で泣いた。

「私なんかがみんなと楽しく遊んでいいの?友達とかいてもいいの?」

DVによって自分の存在価値がわからなくなった私は、そのくらい自分に自信がなくなっていた。

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私なんかが子供を産んじゃいけない

たそがれる女性

DV彼氏との子供を流産した。

そのときまでは子供が好きだったし、いつか欲しいと思っていた。

けれどもそのとき子宮が小さいと医者に言われたのもあって、摂食障害の影響できっと子供ができにくい体なんだと思ったし、本当にその後子供に恵まれることはなかった。

自分が嫌い。

こんな私はいないほうがいい。

そんなことを考えることが多くなった。

そして、こんな私なんかが子供なんて産んじゃいけないんだと思うようになり、そのうち子供なんて欲しくないと本気で思うようになった。

突然子供が欲しくなった

 

本当に突然だった。

38歳のとき離婚して、行くところなくて今の旦那さんのところに転がり込んで。

旦那さんも離婚経験者で、子供が二人いた過去があり。

なんとなくまだ子供に未練があるようで、その話を聞いているうちに。

ある日突然「子供できたら欲しいかも」と言ってみた。

なんとなく子供が欲しいような気がするし、今産んでおかないと!という本能みたいなもんなのかもしれない。

まさかできるとは思っていなかったけれど、旦那さんのお父さんがなくなった日、急いで実家に戻る背中を玄関で見送ったときに「あ、子供できたな」って思った。

私は昔からそういう不思議な体験を本当にときどきしているので、そのときも絶対そうだとわかった。

子供を持ってみて

母と子

産まれたときはいきなりICUに入れられて管をいっぱいつけられた息子を見て、すごく大切だと思った。

こんなに愛しいのだからちゃんと育てられる、過食嘔吐ももうやめられる、と思っていた。

ICUに入れてしまった理由→陣痛がくるまで吐いていたバカ母の恐怖の出産体験談

けれどもまた過食嘔吐が再発。

そして育児の悩みにより、息子に対して冷たくしてしまうことも。

再発した理由→妊娠中に過食嘔吐が止まったときのことと、産後再発した理由

育児の悩み→保健センターに発達相談に行ったら「療育」に通うことになった

 

でも息子に対してイライラして「虐待してしまったかも」と悩んでいたのも、今となってはなにそれ?という感じ。

あのとき周りはもうおしゃべりし始めているのに、言葉が全くでなかった息子。

それが心配で心配でしかたなかった。

今やっとしゃべるようになってきて、もう可愛いったら!!

全然言うこと聞かないのは相変わらず。

療育センターに行ってもいちばん暴れるし発達に関しても怪しいけれど、それでも可愛い。

みんなと違ったって、うちの子はこんな可愛いこと喋れるんだ、こんな可愛いことやってくれちゃうんだ!と思うと、頑張って教育してあげればなんとかなるんじゃないかって思えるので、今発達に関して違うことはそんなに気にならない。

 

ホント、親のエゴだなとは思う。

ちょっと喋れなかったりしたら不安になってイライラしちゃうとか。

だけどなんとか、まだ子育てやって行けれそうな気がしている。

これからどうなるかわからない。

けれども育てられないという不安は今はない。

摂食障害で子供を持つということ

洗濯籠に入る息子

摂食障害で生理が止まってしまったりしても、子供なんて別にいらないし、痩せているほうがいいという人がときどきいる。

私も止まったときは、楽だし別に子供なんてどうでもいいと思っていたので気にしてはいませんでした。

けれども突然欲しくなることもあるかもしれない。

「私みたいなのが子供を産むなんて子供がかわいそう」

そういう風に思っていたし、今も思わないわけじゃないけれど、私の場合は子供を産むことによって今までよりも本気で摂食障害を治したい!と思えるようになったので、子供に感謝している。

別に摂食障害だから子供を産んだほうがいいと言っているわけじゃないけれど、おなじ時間を歩むなら、ひとりで悩むんじゃなく、誰かと一緒に悩んで歩むのも悪くない。

自分を無条件で必要としてくれる唯一無二の存在は、必ずなにかを与えてくれるとも思います。

 

もうね、本当にときどき鬱陶しいくらい絡みついてくるんだけど、それでも日々なにかを与えてくれてる。

自分の時間が本当に激減するので、拒食過食にかける時間は確実に減りますよ。

それだけでも今はかなりの収穫です。

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