摂食障害、母親と娘の関係。母が私にかけた鎖と世代間連鎖の考察

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親子

「摂食障害の原因は家族ではない」

そう書かれていることもありますが、摂食障害は家族、とくに母親との関係不全が原因のひとつにあると指摘されていることもあります。

私が摂食障害になったのは家族が直接の原因ではないとは思いますが、成長過程で形成された性格が摂食障害の原因になっているのではないかとは感じています。

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子供はいらない、ひとりだけでいい

公園の風景

子供は好きだけれど、私みたいな人間が自分の遺伝子を残してはいけないと思っていました。

けれども産めるギリギリの年齢近づいて、どうしても産んでおきたくなったら授かったので産みました。

でも子供はひとりでいいんですよね。

やっぱり自分と同じ遺伝子をこれ以上残したくない、という気持ちはまだある。

 

親の子供に対する生き方の埋め込みっていうの、ありますよね。

子供の頃に言われ続けたことがいまだに私を苦しめる。

そしてやはり、その考えは無意識で次の世代に受け継がれてしまっているというのも感じているのです。

それを繰り返したくないというのもあります。

子供を持ってわかった、育てられ方の理由

娘を抱っこする母親

これを書くと「虐待」とか思ってしまう人もいるかもしれませんが…

 

うちの両親はときどき私の息子に会いに来ます。

あるとき一緒にごはんを食べていたら息子が悪いことをしようとしたんです。

そのときに母が取った行動。

息子の手を取り、手の甲をつねる真似をして

「やめないとつねるよ、痛いよ!」

と言ったんです。

ちょっと「え!」って思いました。

いくら娘の子と言えども、自分の子じゃないんだし…

でもそのときなんとなく気づきました。

私のやり場のない幼少期から持っていた辛い気持ちは、こういう小さなことの積み重ねからきていたんじゃないだろうかということに。

酷い言葉をかけられて傷ついていたことはあって、覚えているものもあります。

けれどもそれじゃないところで心の傷があるような気がしていたのです。

虐待された記憶もない。

その気持ちがいったいどこから来ているのかがわからなくて、宙ぶらりんな気持ちを持て余していました。

 

けれどもそんなやり方は、たぶん母親だけじゃなく、父親、それ以外のその世代の大人たちはやられてきたのだとも思うのです。

だからその躾が当たり前であって、なんの躊躇いもなく普通にやっていることなのです。

 

私の旦那さんは再婚で、子供が他にふたりいます。

子育てはだから経験者。

その彼も息子に対して、「脅し」に近い叱りかたをします。

私はそれを見ていて心が痛くなるので全力で止めますが、彼はそれを「躾」と言います。

たぶん旦那さんは自分の他の子供にもそのように躾けたし、自分も親にそうされていたのです。

だからそれが当たり前の躾だと思っているのです。

 

躾ってなんなんでしょうね。

今はなんでも虐待と言ってしまう風潮が強いので、どう躾けたら脅しにならないのかっていうのすら私にはわかりません。

けれども息子が理由のわからない脅しをされて、それで大人になってからやり場のない不安感に晒されるのだけは嫌なのです。

自分がやられたからやる。

私はそれが嫌。

自分がされて苦しいことは、しちゃいけないのです。

両親も旦那さんもそんなこと辛くなかったのかもしれません。

でも私にはわけがわからなくて辛かった。

わけがわからないことをされることほど、私を混乱させることはない。

もしかしたら私は、物事を理解する力が弱いのかもしれない。

けれどもそれなら、息子も半分は同じ性質を持っている。

やっぱり脅しはしたくない。

 

でもついやってしまうこと、あるんですよね。

「これやらないとおもちゃ買ってあげないよ~」

とか、遊んでなかなか寝ないときに

「早く寝なさい!」

とか叱って泣かせちゃうこととか。

どこまでがいいのかわからなくて困惑して、日々葛藤しています。

母にかけられた言葉の鎖

チェーンと空

「強くなれ!」

まるで呪文のように手紙に書いてくることはしょっちゅう。

悩んで相談しても最後には

「強くなれ~、強くなれ」

それが母親に繰り返されていた言葉でした。

 

本当は女だし、もっと甘えていたいんだよね。

お父さんにもお母さんにも、そして彼氏とか旦那さんみたいな存在にも。

でもあまり甘えられない可愛くない女になってしまったよ。

かといってもともと強くなんてないから、とくにひとりで生きていけるだけのものを身につけたわけでもないし、逞しくもなれない。

だからなのか無理しすぎて、ときどきひどく依存したり、落ち込みすぎたり爆発する。

生きているだけでいい

家族の影

強くなるために。

なにか特別なことを頑張ろうと努力しなくちゃいけませんか?

私は生きている中で、自分が望まずにした辛い経験があります。

そんな経験は人間誰しも必ずひとつやふたつはあるはずで。

その経験のなか生きてきただけで、じゅうぶん強くなれてると思ってもらえませんか?

 

「生きてるだけでいい」

私が愛するまわりの人たちだけでいい。

そう言ってはくれないかな。

そう心から言ってもらえるだけで、思ってもらえるだけで、生きてゆける人は増えると思うのです。

きちんと言葉で何度も言ってほしいのです。

言うのは簡単だけど、この言葉を自分の家族、パートナーになんども言っている人って少ないと思うのです。

だから私は忘れずに、自分の子供には言い続けたい。

大人になって迷ったときに、心の迷子にならないように。

繋がれた鎖を解き放つ

手と鎖

摂食障害になったとき。

最初に拒食症を発症したとき、自分が注目された。

そのときの心配はわかりやすく、最初はなんでも上手くいっていた。

それがやっぱり今思えば本当に嬉しかった。

 

痩せることも運動も勉強も頑張った。

親の理想の「いい子」になれた。

あんなに望まれてもなれなかった「いい子」に、なぜか痩せたらなれた。

勉強はクラスで最下位からトップへ。

運動も通知表1だったのを脱出。

男の子からデートの誘いの電話が頻繁にかかるようになった。

学校の先生からも一目置かれ、個人的にいろいろ誘われるように。

夢のようだった。

もっともっと「痩せなくちゃ!」そう思った。

痩せないと夢が覚める…

 

痩せるにしたがって人が疎ましくなった。

友達がいなくなった、彼氏もいなくなった。

妹たちとも話せなくなった。

親以外、誰も味方がいなくなった。

ますます親という鎖にきつく繋がれた。

親に依存した。

そばにいないと発狂するようになった。

それなのに。

苦しくて、最終的には親から逃げた。

痩せ続けていられなくて、「いい子」を続けることが出来なくて。

 

それでも親の繋いだ鎖は、私を苦しめた。

いつも不安でびくびくしていた。

ひとりで頑張らなきゃと、やりすぎては折れた。

不安を紛らわすように、いろんなものにまた依存した。

アルコールに過食嘔吐、薬、男、お金、自傷行為。

 

私は子供を産んでよかったんだと思う。

親にされてきたことがよくわかった。

虐待でも躾でもなく、当たり前だと思ってやられてきたことに傷つけられてきたんだ。

世代間連鎖の「とばっちり」を受けていただけだったんだ。

親は悪くない。

私も悪くない。

「悪い子」「ダメな子」じゃ、決してなかったんだ。

でも、あのとき辛いってなんで言えなかったんだろう。

なんで目の前で泣かなかったんだろう。

 

今、息子は叱ると泣く。

「父ちゃんに叱られたの~」

とちゃんと甘えにくる。

そのたびにホッとする。

もう帰るよって言うと、全力で拒否する。

面倒くさいけどそれでも安心する。

ちゃんと「イヤ」って言えることに。

 

親がこうしなさいと言っても、息子に関係することは自分の意見を押し通すようになった。

守るべきものを守りながら、心の鎖を解いている。

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