「摂食障害の娘」と「キテレツな父親」

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父と娘

昨日母のことを書いたから、父親のことを書いてみようと思う。

関連記事摂食障害と母親の関係「私は母に優しくしてほしかった」

ちなみに、昨日は両親がうちに遊びに来ました。

網戸が外れてどうやってもはまらなかったので、父に修理してもらいました。

私のなかでの父の位置づけは、幼いころから何でも頼れるスーパーマンみたいな感じ。

困ったことがあると父に相談するし、悩みも母よりもまず父!

体調を崩せば仕事があっても早く切り上げて飛んで帰ってきてくれる、そんな父だったので、私のなかでは「ナイト」的男性が父だったのです。

だから私は男性を顔で選ばない。

父みたいなのが理想。

私のことをいちばんに考えてくれる男性が好き、みたいなところが昔からあった。

だからなにか助けてくれたりすると、どんな人でも結構好きになっちゃったりする。
(でもうちの父親は、私が言うのもなんだけどイケメンの部類に入る)

あと、食いしん坊の父に、食べ物に関してすごく甘えさせられていたので、好きな食べ物を奢ってくれると好きになっちゃったりもする(笑)

巷の男性向けの恋愛論なんて、クソみたいなもんだと思っちゃう。

私みたいな理由で男性を選んでいる女には、そんな恋愛論全く通用しないもの。

たぶん私がいままで付き合った男性は、私がなぜ彼らを選んだのかなんてわかっちゃいないw

だって、たいていとてもくだらない理由から、だからだ。
(ちょっと特別なチョコレートをくれたから、とか…)

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父を「キテレツ」という理由

海を見ている肩輪の親子

そんな感じで私は父親のことが大好きなのです。

なのに父のことを「キテレツ」と言う。

 

父はつねに、昔からなにか作っていた。

子供のころからうちには、発明小屋があった。

それが物置だったり、玄関だったり、場所は変わったけれど、どこかに必ず父の場所があり、そこだけは細かいガラクタで異様に散らかっていた。

娘三人が実家を離れた今は、二階にあるひと部屋がまるごと発明小屋になっていて、埃とガラクタに溢れている。

 

妹二人は、父親のことよりも母親のことが好きだ。

下の妹なんかは今父に会っても、お互いに無視して喋らない。

昔から私は、父親の「助手」だった。

発明に関してのことをえんえん説明され、手伝わされていた。

妹たちはそれには絶対付き合わない。

そして宿題を教えてもらうこともしなかった。

父は理数系がとんでもなく得意なので、数学が苦手な私はしょっちゅう教えてもらっていたけれど、父に教えてもらうと、小学生だろうと夜中まで寝かせてもらえなかった。

そのくらい理数系を語りだすと止まらなくなり、宿題そっちのけで、数学や化学式の講釈を垂れだす。

小学生の私に対して、高校や大学で習うようなことを得意げに語りだすのだ。

そして寝かせてもらえない。

そんな困った父だったので、利口な妹たちは絶対に父に宿題を教えてもらわなかった。

発明のことに関してもそんな感じなので、学生時代の私の余暇は、父の発明の助手で半分くらいは埋まってしまっていた。

 

こんなふうに書いても、たぶん誰にもうちの父の本当のキテレツさは伝わらないと思うけれど、実際話してみたらわかる。

会って普通の話をしているぶんには、ちょっと頭のキレる怖そうなジジイという感じでキテレツさはわからないけれど、発明に関してのことを聞いちゃうと、たぶんわかる。

けれども誰もその話にまともについていける人はいないと思うし、聞いてるうちに逃げ出してしまうと思う。

そのくらいキテレツな話をするので、私は他人が父のことに興味を持って話したがると、全力で阻止するw

たぶん聞いたらみんな、全精力の半分は持っていかれる。

そのくらい体力と気分を消耗される話なのだ。

娘が摂食障害になって

父と子

私のことをまるでお姫様のように可愛がってくれた父だったから、摂食障害になって痩せこけたときには、それはそれは心配してくれた。

けれども父は、頭が固い。

娘の行動が全く理解できないのだ。

乙女心なんて絶対にわからないような人でもある。

だから普段はなんにしてもかなり偉そうなのに、そのときの私に対してはあり得ないくらいにオドオドしてしまっていた。

父をオドオドさせた人間は、この世に私以外いないだろう。

なんでも言うことを聞いてくれた。

なんでもしてくれた。

昔からナイトだったけれど、そのときはもう僕(しもべ)のようだった。

 

けれども普段は、どこにいても誰を目の前にしても常に偉そうにしている人なので、本当に自分がお手上げな事態に遭遇すると
「てやんでぇ、馬鹿やろうめが!」
な勢いで怒りだしてしまうような人でもあったので、私の過食嘔吐が悪化してうちの中が滅茶苦茶になりだしたときに
「摂食障害なんて面倒くさい病気、やってられるか!」
そんな勢いで投げ出されてしまった。

そのときは本気で悲しかった。

今現在の父と私の関係

パパの似顔絵

父に話すと親身になって聞いてはくれるが、理解は絶対にしてはもらえないので、摂食障害に悩んだら母には相談するけれど、父には絶対に相談しない。

そのことに関してはたぶんすごく頭が混乱してしまうのだ。

それがかわいそうなので、話さない。

 

すごくいい人なのだ。

まるで子供みたいに単純でわかりやすい、可愛い父なのだ。

他人からしたら頑固でうっとうしいジジイだろうけど、私からしたら本当に可愛らしいジジイなのだ。

そして変態でキテレツだ。

その変態性とキテレツさを理解できるのは、この世に私しかいない。

 

そんな父は今、糖尿病を患っている。

本人は心配されるのも、それが理由で好きなこと(すごいヘビースモーカーで、コーヒーと甘いものがやめられない)を制限されるのも気に入らないので、今は全然症状が落ちついていると言ってはいるが、本当はちょっとずつ悪化しているのは見ていてなんとなくわかる。

量は減らしてはいるが、甘いものも食べているし、コーヒーだってやめられない。

甘いものをあまり食べられないから、人口甘味料入りのジュースをがぶ飲みしているのも知っている。

そのぶん煙草の量はますます増えていることだろう。

 

洋菓子も好きだがあんこがことのほか好きで、小さいころからおまんじゅうをしょっちゅう買ってくれたので、私のあんこ好きは父親ゆずりだ。

拒食症になったときお菓子作りに夢中になったが、それをいちばん喜んで食べてくれたのも父だった。

拒食症を理解はしてくれなかったけれど、いつも誰よりも私のことを心配して応援してくれた。

それがとても嬉しかったから、理解してもらえなくても父のことは好きだ。

妹たちはあまり好きではないみたいだけど、私は父のことが好きで、今でも極度のファザコンだ。

 

今会うと「今度はちゃんと元気で会えるのかな」とちょっとだけ考えてしまう。

糖尿病ってまわりになっている人がいなかったので、どんな病気なのかいまいちピンとこないけれど、あの堂々としていつも偉そうな父が、弱っていく姿はあまり見たくない。

そして私の食べ物の嗜好が父と似通っているので、私もいずれなるのかなという恐怖もある。

過食嘔吐してると、血糖値を作為的に変動させてしまっていると思うから、余計になりやすいとも思う。

だからとても怖い。

検査したことはないけれど、私はもしかしたらもう、糖尿病なんじゃないかと思うことすらある。

そして今糖尿病の症状を目の前にしているというのに、私も甘いものがやめられないし、過食嘔吐からもまだ完全には抜け出せていない。

だからこそ早く、せめて過食嘔吐だけはやめないと!
という危機感が強くなった。

でもなかなかね~…

長年依存しちゃってるものをいきなりやめるのは難しい。

治る前に病気になるか、なるまえにやめられるか。

考えるだけで恐ろしい。

摂食障害を治すには、家族の理解が必要?

親子

よく、摂食障害は家族の病で家族の理解が必要と言われるけれど、私は必ずしもそうとは思わない。

だって現に、こんな父親を持って諦めている私でも今治りかけているし、一時期完全に治っていた時期だってあったもの。

母親だって話は聞いてくれるが、もともと天然ボケな要素が強い人なので、ほとんど理解してくれてはいないと思う。

そして今の旦那さんは、もっと理解なんてしてくれない。

けれどもそれが私にとってはいいのかも、と最近は思ってすらいる。

そのことに関してはまた書こうと思ってはいるが
「家族に理解してもらえないから治らない!」
と思っている人がいたら
「それは違うんじゃないかなぁ」
と言いたい。

たぶん摂食障害になるような子の親なんかは、大半が理解できないような人なんじゃないの?
そういう親だからなっちゃったんでしょ?

っていう人、たぶん他にもいるよね。

そんな親はきっとなかなか理解してくれないだろうし、それで悩んでいる時間があったら、自分で治そうとひとりでもがいたほうがいいような気もしています。

摂食障害の専門家が聞いたら否定してきそうな考えだけど。

家族が理解してくれたらそれは嬉しいことだけど、理解してくれなくてもちゃんと治せると私は思っている。

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