過食嘔吐を手放したくない気持ちと、過食嘔吐に逃げたい気持ち

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(吐きたくて書いた戯言です…)

ウサギのぬいぐるみとりんご

誰も理解してくれなくて頑張って縋っても、疲れて消耗するだけなのでやめました。

「食べないように吐かないように、少しずつ頑張って行くしかないじゃない」

「みんな誰だっていろんなことで悩んでるんだよ」

「もっと苦しんでいる人なんていっぱいいる」

「そんなことでどうするの、強くならないと」

そして

「ごめん、よくわからない」

 

訴えたいことがあるのに、悩みを吐き出したいだけなのに、途中でぶった切られて絶望。

頭が混乱するだけなので、ひとりでなんとかするに至ります。

 

お金は稼いできてもらえます。

食べ物も買ってもらえます。

育児もときどき手伝ってもらえます。

それだけで幸せでありがたいことだと言うことはわかるし、そう思ってもいます。

だから私も頑張ろうと…

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アドバイスなんて求めていないし、治してほしいとも言ってない

聞いて欲しいことがあったんです。

寄り添ってほしいと思っただけなんです。

 

嬉しくてきらきらした話なら聞いてくれる。

それはとてもありがたい。

誰にも話すことができなかったら、心のなかで消化しないといけないことは多すぎる。

 

「昨日はあんなことを喋ってた」

「これが可愛かった」

普段からずっと子供の成長を見させてもらっている立場として、こういうことは幸せなことだし、ひとりじめしないで伝えなければいけないし、聞いてほしいとも思う。

 

困ったことがあって、辛いことがあって話せば、アドバイスされるかおかしいと指摘される。

解決にならないアドバイスだけしてあとは投げ捨てるだけなら、アドバイスなんていらないのです。

どんどん相談できなくなってゆく。

泣きたい叫びたい食べたい吐きたい。

 

それでも頑張っていると、いきなりおかしなことを言い出したり、不可解な行動を取り出す。

頭が混乱する。

 

逃げ道はどこですか?

どこに吐き出したらいいですか?

わからないから食べる。

そして吐き出したい。

 

治らない。

なかなか治らない。

そのたびに自分を責めて、でもやっぱり頑張らなくちゃと立ち上がる。

 

みんな頑張ってるのは知ってる。

その愚痴を聞く。

それと同じように、私も吐き出しちゃいけないのでしょうか。

過食嘔吐はやめたい、けれどもやめたくない

すごくやめたくて頑張ってきました。

自己嫌悪がすごくて辛い。

体も辛い。

死にたいけれど死にたくない。

そしていちばんに、子供を守りたいから。

 

でも本当は、まだしがみついていたい気持ちもある。

一瞬だけのストレス解消の手段がほしい。

今それがひとつもないから。

 

もっと食べたい。

けれど太りたくない。

太るとますます認めてもらえなくなるし、自分を嫌いになる。

だからヤケ食いというものはできない。

吐けるのなら…

そう思う。

行き場のない気持ちはどこにやればいいの?

窓の外を眺める女性

ストレスなんてみんな抱えているんだし、溜め込んでも死なないからと、自分のなかで消化する。

けれども、発散できなかったものは色を変えて溜まってゆく。

ときどき限界がきます。

自分の心では受け止められない色に変色したものに、拒否反応を起こすのです。

溜め込んでおこうとしても、異物だから限界があるのです。

 

それはどうしたらいいですか。

どこか置いておける場所はありませんか。

わからないから、頼めないから、頼れないから。

吐き出す手段がほしい。

なにも解決しないのに、意味もないのに吐きたくて

自分でも理解不能になります。

過食を自制することが今はできているので、吐く必要なんてない。

痩せたい気持ちはあっても、それだけで痩せることなんてないのもわかっているから、本当に意味がない。

なのにときどき「吐きどき」を過ぎていたとしても吐き出してしまうのです。

 

吐きどきを過ぎた嘔吐は辛い。

胃酸のにおい。

歯や食道を侵食する感じ。

死に近いような気すらする。

 

どうしても吐き出したいものがあるようで、ダメだと思いつつも子供の安全を確認して一瞬で吐き出す。

なんの準備もしていない不意の嘔吐は、慣れている私でもときどき手こずる。

胃酸が喉に歯にまとわりつく。

気になって、無意味にうがいをして歯をみがく。

なんどもなんども。

その事実をなかったことにしたくて。

消し去りたくて。

 

なにを吐き出す必要があるのか。

それが胃の奥にあるものなのか、別の場所にあるものなのか。

胃の奥にあるものを吐き出せばすっきりするのか、それすらもわからない。

けれどもやらないと落ち着けないときがある。

過食嘔吐が今は必要なものなのかもしれない

過食嘔吐が本当は今まだ必要で、いきなり手放すのは危険なのかもしれない。

過食嘔吐しかすがりつけるものがないから、心を開放できるものがないから、意味があってやっているのかもしれない。

 

だけどやめたい。

 

自分が続けることで、大切な人に迷惑をかけるのが怖い。

自分が我慢すれば、大切な人と一緒にいられるような気がするからやめたい。

大切な人を、大切なものを摂食障害によって失くしすぎたから、孤独に耐えられなかったから、もう失くしたくない。

 

本当はすがりたい、聞いてほしい、助けてほしい。

けれども

「食べないように吐かないように、少しずつ頑張って行くしかないじゃない」

「みんな誰だっていろんなことで悩んでるんだよ」

「もっと苦しんでいる人なんていっぱいいる」

「そんなことでどうするの、強くならないと」

「ごめん、よくわからない」

 

大切な人たちがそう言うのなら。

誰も耳を傾けてくれないのなら。

ひとりでもなんとかやめて、立ちあがって、いつも笑っていなければいけない。

必要なものでも、早く手放さないといけない。

折れちゃいけない、倒れちゃいけない。

守るものがあって、それは私ひとりでも守ってゆくしかないんだから。

 

まだ大丈夫、ひとりじゃない。

だから頑張る。

折れないように、倒れないように、なんとか踏みとどまっていれば、そのうち心が強くなって治るような気もするから。

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