陣痛がくるまで吐いていたバカ母の恐怖の出産体験談

赤ちゃんの足

 

子供産むのって痛いですよね~!

私もかなり痛かった記憶があるけれど、実は私はほぼ
「いきんではいません!」
なので、いきんで産む痛みは知りません。

そのかわりに別の痛みを受けたけれど。

こう書くと帝王切開で産んだの?と思われそうですが違います。

鉗子分娩(かんしぶんべん)でした。

 

母子手帳

 

鉗子分娩とは、出産がうまく進まないときに、「鉗子(かんし)」というトングのような金属製の器具で赤ちゃんの頭を挟み、体全体を引っ張り出す分娩方法のことをいいます。

引用:こそだてハック 鉗子分娩とは?後遺症や障害が残るリスクはある?

 

こんな話を書くと非難されそうではありますが、過食嘔吐しているとこんな危険もあるんだよということで暴露します。

ちょっと「シモ系」の内容でもあり、出産に対して恐怖心を持っている人には恐ろしい内容であるかもしれないので、苦手な方はスルーしてください。

ホント、バカ親すぎて息子に申し訳ないことをしたと反省しています。

 

陣痛が来るまで吐いていた

出産予定日を過ぎても全然産まれる気配を見せない息子。

増えていく体重が苦痛、病院の体重測定が苦痛で、もういつ産まれてもおかしくないのに過食嘔吐はさらに悪化していました。

鉗子分娩になった理由はわかりませんが、私は陣痛が来るまで本当に吐いていたので、それも原因なんじゃないかと思って今も反省しています。

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お産は順調に進んだのに…

吐いた勢いで始まった陣痛。

病院へ行きその後順調にお産は進みました。

お腹もあそこも、どこもかしこも痛くなってきて、もう痛くてたまらないので早く産みたくて仕方ありません。

「朝になったら先生来るからね~、見てもらおうね~!」

助産師さんの声で、まだ産めないのか!!

と絶望したのが午前三時くらい。

朝って何時?と思って苦しんでいると、八時になってやっとドクター登場。

もう死ぬかと思っていたのでやっと産めるんだと、ホッとしたのもつかの間。

「子宮口3センチだね、まだまだ頑張ろう!」

「え!!!」

絶望の淵に立たされました。

3センチ?

まだまだ?

これだけ痛いのにーーー!?

 

もう我慢できません。

呼吸も苦しく、力も残ってない感じ。

それでも襲ってくる陣痛。

お腹の痛みもすごかったけれど、私の場合は尾てい骨が我慢できなかった。

「痛い~!なんか出る~!!や~め~て~~~!!!ホントやめて、無理~!!!」

そんな気分。

なんかって何だ?って感じだけど、なんか出ちゃいそうな感じでめっちゃガンガンきた。

あまりの痛みと絶望に、呼吸がままならなくなってきました。

先生が赤ちゃんの心拍を測る機械を見ながら

「ちゃんと呼吸してあげて!赤ちゃん苦しいよ!!」

ちゃんと呼吸していたつもりだったけれど…

母ちゃん頑張れなかった。

 

いきなり出産!?

付き添いの母親に先生が何か言っています。

母親が分娩室から退室し、先生は電話し始めました。

「小児科のドクター応援お願いします。うん、今すぐ来て」

なんか始まるの?

と思っていたら、どこからともなくかなりの数の助産師さんとドクター数名が入ってきました。

 

その瞬間…

3センチだったはずの子宮口は
「メリメリメリ」
っと引き裂かれたのでした。

本当に引き裂かれたんだと思います。

自分の体の感覚では、完全にそうでした。

麻酔なんてナシ。

「殺人で殺される人ってまさにこんな痛みなんだろう」

目の前で繰り広げられる惨事を薄目で見ながら、そう感じていました。

 

子宮口って体の中にあるんですよ。

それを両手で引き裂かれる。

想像してみてください。

なんだか凄いことでしょう?

もういろんな部分が一緒に引き裂かれていたことでしょう。

痛いなんてもんじゃない。

そのあと目の前で起こった凄い光景は、もう痛みを感じず、脳内で地獄絵図に変換して見ていました。

ちょっと違う世界に逝っちゃわないと、現世にいられない感じの痛みだったのでしょう。

 

目の前で、とんでもなく大きな鋏を持ったドクターが、ジャキンジャキンと私の体を切り裂きます。

たぶんそんなに大きな鋏ではなかったんでしょうが、そのときの私の頭のなかでは地獄の使者が燃えたぎる炎の中に私の体を切り刻んで放り込んでゆく、というような絵が浮かんでいたので、とんでもなく大きな鋏にしか見えませんでした。

「頑張って!もう赤ちゃん産まれるから」

と言われた瞬間、これまた大きく見える鉗子で
「メリメリメリ!」
っと息子は引っ張り出されたのでした。

 

瞬間。

産声が聞こえません。

私の股から離れて台の上に置かれたそのとき、やっと小さな声で泣き、そのあと次第に大きな産声に変わってゆきました。

ホッとしました。

肩に置かれた息子を見たときは、この世のものではないと思うくらいの可愛らしさで、とんでもなく幸せだったのを覚えています。

鉗子分娩で産まれると頭が伸びているとよく言われますが、息子の場合はそんなに伸びてはいませんでした。

ただ顔に跡が残ってしばらく消えませんでした。

今はきれいに消えています。

 

生まれたての息子

 

息子をICUに入れてしまった

産まれてしばらくして、息子は部屋からいなくなりました。

その後ドクターからの説明によると
「呼吸が弱く検査のためにICUに入院させる」
ということでした。

ちゃんと頑張れなかった母。

お腹に力が入らなかった。

陣痛の前に吐いていたことが原因だろうと思い、後悔しました。

 

もし息子になにかあったら。

心配で心配で、一日に何度も会いに行きました。

小さなベッドで眠る息子。

まだ小さな体に管をたくさんつけられて、手には針を刺された跡がありました。

 

ICUで眠る息子

 

あまりにもかわいそうで

「もう本当に過食嘔吐は卒業しなきゃいけない」

とそのとき心に誓ったのでした。

 

今度こそ本気で過食嘔吐を卒業したい

そんな経験があるからこそ、私は過食嘔吐を本気でやめたいのです。

まだときどきやってしまうけれど。

なかなかやめられないけれど。

そこまでのことがあっても、それほどまでして息子に迷惑をかけたというのにもかかわらずやめられないのは、私はかなりのバカ親なのか、それともこの病がそれほど治りにくい病気だということなのか。

どちらもなんだと思います。

それでも私はこの病に打ち勝ちたい。

誰も認めてくれなくても、もういいんです。

今までだって誰かにわかってほしい、理解してほしいともがき苦しんできたけれど誰も本当にわかってなんかくれなかった。

そんなことも今はもういいんです。

息子のためにやめたい。

自分のためじゃなく、誰かのために生きてみようと思う。

そんな生き方でもいいと思うのです。

もう半分は、じゅうぶん生きたしね。

 

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