アルコール依存と摂食障害。アルコールは神で悪

あふれるグラス

私はのん兵衛です。

けれども今は育児中、授乳中であるので、お酒は飲んでいません。

お酒の力を借りると人と関わることが楽になるので、私はお酒が好きです。

けれどもお酒によって、人生をめちゃくちゃにしてしまおうという気持ちにもなるので、私にとっては神でもあって悪でもあるのです。

過食嘔吐が始まったきっかけ

人生初の飲み会というもので、甘いサワーをジョッキ三分の一で酔っ払って、帰り道に電信柱に追突しながら歩いて帰ったような私。

上京して進学。

慣れない土地での生活、慣れない土地での就職。

学生時代の友達とも疎遠になり、職場の人間関係に悩み、職場で嫌なことがあった日、お酒を飲んでみようと思いました。

そのときは、高校時代の拒食症の反動で過食傾向にはあったものの、過食症というほど酷くはなかったので、まだそんなに悩んではいなかった。

(そのときの拒食症と過食の経緯はこちら↓)

拒食症になったきっかけと、部分痩せの方法

拒食から過食へ。あのとき食べずにいられたなら

 

仕事帰りに、チューハイとちょっと多めの晩御飯を買って帰宅。

酔っ払ったのはいいけれど、全然気持ちは楽にならなかった。

酔った勢いで気が大きくなった私は、そのまままた買い物に出かけ、食べたいものを食べたいだけ買って帰ってヤケ食い。

それが、本格的に過食症になったきっかけでした。

過食嘔吐から救ってくれたのは、実はお酒と妊娠、そして…

光と影

それからは毎日、仕事が終わると過食。

そしてそれまでも過食の影響で太り始めていたので、これ以上太るのが怖くなって、とうとう嘔吐するようにもなりました。

そんな生活が何年か続き、お酒もときどき飲むようにはなっていたけれど、まだ依存するほどは飲めませんでした。

けれども次第にアルコールに強くなり、お酒を飲むことで人間関係が楽になることを知った私は、お酒を飲む機会が増えハメをはずすことも多くなりました。

そのあいだにいろいろあり、実家に連れ戻されたりもして、過食嘔吐しづらい環境になったので、それだけでも過食嘔吐の頻度はかなり減ったのですが、完全に治ったわけではありませんでした。

その後、お酒好きな彼氏が出来た影響で、一緒に飲み歩くようになりました。

彼氏がいることで気持ちが楽になり、過食嘔吐の頻度は激減しましたが、それでもときどき過食嘔吐していました。

彼は私をとても溺愛してくれ、私も彼が大好きでした。

人生初の大恋愛だと思っていました。

そして私は妊娠しました。

22歳のときのことです。

彼氏は
「今は産めないけれど私のことを大切にする」
そう言ってくれました。

理由は金銭的なことから。

今考えるとバカ野郎です、私もその男も。

けれどもそのとき、私のことを一番に理解してくれていたのは親でも家族でもなくその彼で、彼は私のことを救ってくれた唯一の人だと思っていて、彼の言うことは絶対でした。

本当は産みたかったけれど、彼氏が産めないというのだから仕方がないと諦めました。

そして私たちは、そのときいた現実から逃げ出したいという願望が強かったので、ふたりでそのまま駆け落ちしました。

 

その日から、私の運命は変わりました。

すごく優しい彼で、一緒に住むまではそんな片鱗すらも見せなかったのに、駆け落ちしたその日、酔っぱらった彼に殴られたのです。

それからは、酔うたびにすべてのことが私のせいになり殴られました。

住み込みで働いていましたが、入ったお金はすべてお酒とパチンコ代に消え、中絶費用すらないようなぎりぎりの生活。

お金がないのにアルコールだけはバカバカと飲む彼。

私も飲まないと不機嫌になるので、自棄になって飲みました。

 

そのうちに私は、過食欲求が全然なくなっていることに気づいたのです。

あんなにあった痩せたいという欲求もなくなっていました。

それに関しては、彼はぽっちゃりして胸のある私のことを気に入って付き合ってくれていたので、彼に外見を受け入れてもらえたことでなくなったのでしょう。

だけど過食欲求に関してはたぶん、妊娠が影響していたんだと思います。

妊娠してからの私は、なんとも言えない不思議な感覚でした。

自分のなかに違う命があることを、すごく感じていました。

堕ろすと決めて家出したはずなのに、私はなぜかこの子と離れたくないと思っていました。

産めるものなら産みたい。

けれども彼は堕ろすつもりでいる。

何をされても、お腹だけはなぜか必死に守っていました。

殴られて耳鳴りが止まらなくなったときも、髪の毛を引っ張られて廊下を引き摺り回されたときも、ひたすらお腹だけは守りました。

でも私、最終的には流産しました。

医師の話では、子宮が小さくて赤ちゃんが途中から育っていなかったかもしれない、ということでした。

酔っぱらって思い切り殴られたある梅雨の日、まだ寒いのにクーラーをガンガンにかけられた部屋で、あまりの寒さとお腹の痛みに起きた私は、流産していました。
(寒いからと訴えても、温度を下げることを許してもらえなかった)

アルコールに溺れる日々と消えた過食嘔吐

飲みすぎな女性

その後、身の危険を感じ実家に逃げ帰りましたが、追いかけられて酷いストーカー行為に遭い、就職した会社を首になりかけました。

追い詰められて精神的にぎりぎりな状態になり、ますますお酒に溺れていきました。

過食嘔吐は全くなくなり、妊娠により増えた体重も、標準体重まで自然に落ちました。

けれども私は、アルコール依存症になりました。

一時期はドクターストップがかかるほど飲んでた。

でも、それから6、7年は、アルコール依存オンリーで、過食嘔吐からは完全に離れていられました。

アルコールは神

楽しかった。

過食欲求も過食嘔吐もない状態は、とても楽しかったのです。

恋愛も楽しめたし友達もできた。

夢もできてそれに向かって行動したりもできた。

毎日が充実していて、そのときのお酒は私にとって神でした。

アルコールが悪に変わった日

グレーの泡

その後、結婚したいと思えるような人に出会いました。

そのときはまた夢を追って上京していて、一人暮らしをしていました。

けれどもその彼に振られたとき、食事が喉を通らなくなりました。

 

拒食症の再発。

何も食べずにお酒だけ飲んでいました。

仕事も出来なくなり、泣きながら心療内科にだけ通う日々。

拒食は次第にまた、過食嘔吐を引き起こすようになり、最悪な気分が戻ってきました。

生きているのが嫌で、酔った勢いで何度も命を絶とうとしました。

それからはアルコールが入るとそういう心理になることが多くなり、何度もまわりの人に迷惑をかけるようになりました。

「酒なんかやめろ!!」

まわりから散々なじられて、それでもやめられませんでした。

お酒も、そして過食嘔吐も。

どちらにも依存していました。

それがないと私は生きられなくて、けれどもそれによって、生きる気力を奪われてもいたのです。

失恋はただのきっかけでした。

過食嘔吐がまた始まってしまったことが地獄でした。

過食嘔吐に悩む人に

過食嘔吐は本当に辛い。

なくなってくれるなら、アルコールに依存することなんて、どうってことなかった。

ほかのものに依存してでもやめられるなら、どんなことをしてでもやめたかった。

そのくらい、私にとっては辛いことなのです。

過食嘔吐に悩んでいる人って、そうじゃないですか?

誰もなかなかわかってくれないけれど、本当に辛くないですか?

どうにも止められない衝動に、生きてるのが辛くなりませんか?

なんで私たちって、こんなふうになっちゃったんだろうね。

そう思いません?

本当はこんなふうになりたかったわけじゃないのに。

これさえなければ、もっといい人生が歩めたかもしれないのに。

私はそう思っています。

 

過食嘔吐していたら、いろんなものを失いました。

得るものもあったけど、はっきりいって別に得なくてもよかったことと思うことのほうが多い。

「自分を見つめなおすために必要なことだった」
なんて、結果論です。

そんなものない人生を歩むことだってできたはずだもの。

そんなふうに思ってしまうほど、この病気と長く付き合っているといろんなものをどんどん失います。

治したいと思っているのなら、諦めずに一緒に治しましょうね。

 

今日はちょっと熱く語ってしまいました。

妊娠のこと、DVのことなど、人によっては気分が悪くなってしまった人もいるかと思います。

ごめんなさい。

それでも、最後まで読んでくれた人、ありがとうございました。

コメント